今日は、わたしが妊娠したときのお話を少し書いてみようと思います。
今でこそ「産休・育休制度」は当たり前のように聞こえますが、わたしが妊娠した当時は、今ほど整備されている時代ではありませんでした。
勤めていたのは外資系企業。
良くも悪くも自由な会社で、「前例がないからできません」というより、「必要なら自分で勝ち取ってください」という空気がありました。
当時は大変でしたが、振り返るとあの経験はわたしの働き方を大きく変えた出来事だったと思います。
【周りにいたのは「すごいママ」ばかりだった】
わたしの職場には、出産後も第一線で活躍している先輩ママたちがいました。
産休(注:育休ではない)から復帰しても以前と変わらず働き、会議にも参加し、成果も出している。
周囲から見ても「仕事と育児を両立している理想の姿」に見える人たちばかりでした。
さらに、ある同僚は外国人上司のもとで働いていて、
「子どものことで何かあったらすぐ帰っていいよ」
と当たり前のように言ってもらえる環境でした。
今思えばとても恵まれた環境だったのですが、当時のわたしはそれを見て励まされるどころか、逆に不安になっていました。
なぜなら、
「わたしには無理だ」
と思ってしまったからです。
みんな強そうに見える。
みんな余裕がありそうに見える。
でもわたしはそんなに器用ではないし、体力にも自信がない。
それぞれの家庭による都合もあります。
仕事も育児も完璧にこなす未来がどうしても想像できませんでした。
周りが立派に見えれば見えるほど、自分だけが弱く感じられたのです。
【妊娠と同時に突き付けられた現実】
そんな中で自分の妊娠がわかりました。
嬉しい気持ちももちろんあり、でも同時に、大きな不安もありました。
さらに病院では、
「切迫流産の傾向があります。しばらく安静にしてください」
と言われてしまったのです。
もちろん、お腹の子どもが最優先です。
それは迷う余地もありません。
ただ、そのときわたしの頭に浮かんだのは別の心配でした。
「今のままでは絶対に続けられない」
ということです。
当時の会社には最低限の制度しかありませんでした。
妊娠中の通院への配慮も十分ではなく、体調不良時のサポートもほとんどありません。
出産後に働き続ける未来を考えたとき、このままではいつか無理が来る。
そう感じたのです。
【誰もやってくれないなら、自分で動くしかない】
そこでわたしは考えました。
待っていても誰も制度を作ってはくれない。
だったら自分で動くしかない。
会社の文化を考えても、それが一番現実的な方法でした。
まず初めに調べたのは、国の制度としてどんなものがあるのか、ということ。
そしてまだ動けるうちに、人事部門との話し合いを始めました。
妊娠中につらい思いをしていること。
通院が必要になること。
体調によっては休暇が必要になること。
そして、これらはわたしだけの問題ではなく、今後入社してくる女性社員にも関係すること。
できるだけ具体的に伝えました。
提案した内容は、
・つわり休暇の導入
・通院休暇の整備
など、その時の私が本当に必要だと感じていたものばかりでした。
正直なところ、どこまで通るかはわかりませんでしたが。
「前例がない」
と言われるかもしれない。
「人数が少ないから難しい」
と言われるかもしれない。
そんな覚悟もしていました。
【わたしだけの特例では終わらなかった】
ところが結果は予想以上でした。
私が提案した内容は、ほぼすべて受け入れられたのです。
熱意が伝わったのか。
タイミングが良かったのか。
理由はわかりません。
でも一つだけ確かなのは、声を上げなければ何も変わらなかったということです。
わたしが出産した後も制度は残り続けました。
その後に妊娠した後輩たちも同じ制度を利用できるようになったのです。
いつしか会社の正式な制度として定着し、当たり前のものになっていました。
【自分自身がロールモデル】
働いていると、
「前例がない」
「ロールモデルがいない」
という言葉を聞くことがあります。
確かに前例がない状況は不安です。
誰も歩いたことのない道を進むのは勇気がいります。
でも、あの経験を通してわたしは思うようになりました。
必ずしも最初から立派なロールモデルがいる必要はないのかもしれない、と。
わたし自身も不安でしたし、何度も迷いました。
ただ、その時にできることを一つずつやってみた結果、少しずつ道ができていったように思います。
そして気づけば、その道を後から歩く人たちがいました。
もし今、職場で同じような不安を抱えている人がいたら伝えたいです。
制度がないことと、諦めることは同じではありません。
必要だと思うことがあるなら、まずは小さな声でも伝えてみる。
その声がすぐに何かを変えるとは限りません。
それでも、その一歩が未来の誰かを助けることはあるのだと思います。
あのときのわたしがそうだったように。
そして、あなたの一歩も、きっとどこかで誰かにつながっていく。
今はそんなふうに感じています。
