「海外で生きたい」息子に反対した母が、最後に応援団長になるまで

我が家の長男は、今、日本から遠く離れた海外で働いています。

具体的な職種についてはここでは伏せますが、自分で選んだ道を信じて、忙しくも充実した毎日を送っているようです。
今でこそ穏やかな気持ちで見守れるようになりましたが、ここにたどり着くまでには親として大きな葛藤がありました。

【サラリーマンが夢だと言っていた息子】

子どもが小さい頃、親は勝手に将来を想像します。
学校を卒業して、就職して、家庭を持って。
もちろん人生は人それぞれだと分かっていても、なんとなくそんな未来を思い描いていました。

我が家もそうでした。
息子は幼い頃から好きなことにはひたすら没頭する子でしたが、それは一つの趣味として、最終的にはまわりのみんなと同じく、サラリーマンとして生きていくのだと思っていたのです。

ところが、ある日突然、彼が言いました。

「海外へ行きたい」

しかも旅行ではありません。

「そこで生きていきたい」

というのです。

正直、耳を疑いました。

言葉は大丈夫なの?
仕事はどうやっていくの?
それで本当に、生活は成り立つの?

親として心配する材料はいくらでもありました。

もちろんわたしは反対し、夫も同じく反対でした。
親族からも心配の声が上がりました。
今思えば、それは息子を信じていなかったのではなく、失敗して傷つく姿を見たくなかったからだったのでしょう。

【子どもの頃から続けてきた、好きなこと】

実は息子には、子どもの頃から長く続けてきたことがありました。

学校が終わってからも時間を作り、休日も費やし、夢中になって取り組んできたことです。
親としては、それを微笑ましく見守っていました。

好きなことがあるのは良いことだと思っていました。
でも、それを仕事にしたいと思っているとは考えてもいませんでした。
ましてや、その世界を目指して海外へ行くなど想像もしませんでした。

好きなことを仕事にする。

言葉にすれば素敵です。
でも現実は厳しい。
成功する保証なんてどこにもありません。

ここまでの人生を送ってきた、ある程度の年齢の人間だからこそ、わかることがあります。

だから反対しました。
安定した道を選んでほしい。
それが親心でした。

【涙が止まらなかった日】

反対されても、息子の意志は変わりませんでした。
感情的になるわけでもなく、ただ静かに準備を続けていました。

そんなある日、彼が目指している世界に向き合う姿を見る機会がありました。

真剣な眼差し。

集中した表情。

周りが見えなくなるほど没頭している姿。

その瞬間、わたしは言葉を失いました。
家で見ている息子とは違う。

そこにいたのは、自分の人生を懸けて挑戦しようとしている一人の大人でした。

気づけば涙があふれていました。

「ああ、この子は本気なんだ」

頭で理解したというより、母親として直感的にそう感じたのです。
子どもの頃から積み重ねてきた努力も、悔しかったことも、諦めなかった時間も、その姿の中に見えた気がしました。

親の心配だけで、この子の人生を止めてはいけない。

初めてそう思いました。

苦労はするでしょう。

失敗もするでしょう。

でも、それも含めて本人の人生です。
わたしたち夫婦は、ようやく彼の背中を押す覚悟を決めました。

【スーツケースひとつで飛び立った】

一度決めたからにはと、100%後押しして、必要であれば手助けをする日々。
基本は本人が全て準備を進め、出発当日の午前0時を過ぎてもパッキングを見守っていた時のこと。

「念のため、このレターを持って行きたい」

それは、とあることに対して、日本にいるわたし(親)が保証しますという内容のレターの見本でした。
え、今からこれを作るの?(その時すでに午前1時過ぎ)
しかも英語で?

「任せなさい」

ササっと作成し印刷し、サインをして完了。

今の仕事しててよかったー!と心から思えた瞬間でした。

そして。

お気に入りのスーツケースひとつを持って、息子は海外へ飛び立っていきました。

現地の言葉も完璧ではありません。
頼れる人がたくさんいたわけでもありません。
それでも行きました。

空港で見送った後ろ姿は、今でも忘れられません。

送り出したものの、そこからが親の試練でした。

ちゃんと食べているだろうか。

体調は崩していないだろうか。

困ったことはないだろうか。

時差を計算しながら、そんなことばかり考えていました。

そんなわたしの心の支えは、彼が時々更新するSNS。
元気そうな顔が見られるだけで安心する。
まるで生存確認です。

今思えば少し大げさですが、当時は本当にそれくらい心配だったのです。
(但しフォロワーにはならず、時々チェックするビジターとして見ていた小心者です)

【これでよかった、と思える今】

あれから何年もの月日が流れました。

人は必要に迫られ、そして情熱があれば成長するのだと、息子が教えてくれました。

今では現地の言葉も自然に話し、信頼できる仲間にも恵まれています。
そこから他国に遠征することもあるそうで、時折「今から行ってくる」の楽しそうな連絡が入ってきます。

そして、時々仕事で日本にもやってきます。
せっかく実家に帰ってくるのだから少しくらいのんびりすればいいのに、相変わらず忙しそうです。
会いたい人がいて、やりたいことがあって、また次の場所へ向かっていく。

そんな姿を見るたびに思います。

「これでよかったんだよね」

あのとき反対し続けていたら、今の彼はいなかったかもしれません。

もちろん苦労はたくさんしたはずです。
多分、現在進行形で。

でも、自分で選んだ道を歩いている今の彼は、とても良い顔をしています。

親として、それが何よりうれしいのです。

子育ても仕事も、結局は相手を信じて手を離す勇気が必要なのかもしれません。

【世界中で一番あの子を応援しているのは】

母親であるわたしが今できることは多くありません。

帰ってくる部屋を掃除しておくこと。

好きな料理(ご飯、なめこのお味噌汁、生姜焼き)を作ること。

そのくらいです。

海外での仕事のことも、専門的なことも、わたしには分かりません。
だけど、ひとつだけ胸を張って言えることがあります。

世界中の誰よりも、あなたの幸せを願っています。

世界中の誰よりも、あなたの挑戦を応援しています。

今日もどこか遠い国で頑張っている息子へ。

身体にだけは気をつけて。

そして、あなたが選んだ人生を思いきり生きてください。

母はこれからも、世界で一番の応援団長でいます。

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